「つれづれの」



ここには、
街で出会った人のこと、日々のちょっといいこと、
昔の思い出などを、つれづれに書いていけたらと思います。









木々



気持ちのいい日に
表参道の並木の下を歩いていたら、
「木があると、なんか安心するわね」
と言う声がした。

横を見ると、 おばさんふたり組だった。

ただそれだけのことで、普通なんだけど、
そう、
人間は、
木があると、安心します、と思った。

おばさんたちを少し追い抜き、
なぜかうれしい気持ちで、
緑の梢の中をただずっと歩いた。





(06.8.10)








一声



夜、六本木でタクシーにのろうと思った時、
1台、空車なのにあきらかに目の前を行き過ぎ、
5mくらい向こうのサラリーマン集団の前で止まった。

やっぱり女2人連れだから? ふーん、と思ったが、
すぐ次のがきたので、大丈夫。

そして乗り込もうと近づいた時、
5mむこうから、ふいに
「お先です」 という声が聞こえた。

え、と見ると、男の人がひとり、
集団の外でこちらにペコリと頭をさげていた。
たぶん20代の、背の低い、柔道部出身みたいに見える人。
顔は、すみません、という笑顔だった。

みずしらずの私たちに、いいひとだなあ。
ちいさいことだけど、
ひとこえ、かけるって、すごくうれしい行為だと思う。
ぽっと胸に、ちいさな灯がともるよう。

都会の人は、ぶつかった時とか、
無視じゃなくて、
せめて、すいません!と言えば、
もっとたのしく生きられるのにな、とよく思う。

夜の六本木にも、いいひとがいたよ。(へんけん 笑)





(06.6.29)







余談



ある日、電車のホームから、
すぐ近くの踏み切りの脇で、
大工の親方みたいな人が、
ひとりの若い人に話をしてるのが聞こえてきた。
「ま、余談なんだけどさあ、
さっきみたいな時は、ああいうふうに言わないで、
ちゃんと…って言った方がいいと思うんだよねえ」
みたいな。

よく聞こえなかったけど、なんだか親方の言い方が好きだった。
だめじゃないか、って頭ごなしに怒るんじゃなくて、
わざと軽みを持たせた言葉で。

しかも、たぶん、
みんなから離れた場所に、その子を呼んで言っているのだ。
話を聞いている若者は、眼鏡をかけ、
おとなしいバイト初心者みたいな、細い人。
小さく、はい、とうなずいていた。

そして親方はその後もしばらく、
すごく明るい、お父さんみたいな声で、
一生懸命、若者に伝わるように話をしていた。

「余談なんだけど」
私も大事なことを、
そんなふうに言えるようになってみたい。




(06.6.17)







父と母と花



私の家は、山のすそ野の、
すこし小高い丘になっているところにあった。
ちいさな木造の一階立ての家で、私は7月にその家で生まれた。
暑い、晴れた日のおひるごろ。
私が生まれた時、父は、
じょうろで庭のひまわりに水をやっていたそうだ。

家は、たくさんの木にかこまれていた。
丘の途中にある一本の栗の木が、私のすきな木だった。
夏休みには宿題帳を持って枝の別れ目に上り、
大きな栗の葉がさわさわと揺れる中、ちょっと勉強もした。
時々横に長くのびた枝でぶーんと飛行機飛びをして、
下の畑に飛び込んだ。

その小さい畑は、母がひとりでやっていた。
春、あたたかい土曜日に小学校から帰ってくると、
黄色い菜の花のむこうから麦藁帽子をかぶった母が顔をあげて、
ごはんは台所にあるから、と言う。

そこらへんは、草花だらけだった。
なずな。すみれ。ほとけのざ。かたばみ。
私の好きなのは、青いちいさい「おおいぬのふぐり」という花と、
もっとちいさいみずいろの名前もしらない花だった。

夏、蛍を川にとりにいった。
母が「蛍は露を飲むんじゃから」と
小さい白い花の咲く、夜露のついた枝を追って虫かごに入れた。
それから私達もいつもそうした。
だから、その木は私には蛍の木だ。

秋、丘の途中に月見草が咲いた。
黄色の、ひなげしに似たうすい花びら。
ある夜、母と見にいったことがある。
月の光の中で、その花はしーんと咲いていた。
朝までそうしてひとりで咲いているのだ。

そしてたぶん、夏ごろだったと思う。
「シラン」という花が咲いたのは。
紫色の細長い百合のような花。
あまりしゃべらない父が、こどもの私たちに
「名前は知っちょっても、シラン」と
にこにこ何度も繰り返して言っていた。
ほんとうにそういう名かどうか、今でも知らないのだけれど。

その父も今はない。
でも花はまいとし、まいとし、咲いてくれる。
木も、風がふくと、揺れる。
私は、東京で、目を閉じて見る。




(友人の個展の本に掲載)


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