ちいさなこと

日々は、実際のところ、
ちいさな瞬間の、積み重ねでできています。
そのちいさなことのひとつを、
ちょっとかえてみたら、
気分って、かわるものかもしれません。

あなたや私が、少しでもラクになったり、
はっとしたり、笑顔になれるように。
ちいさなことを、やってみました。











第13回「小さな片付け」





最近、家の片付けをやっています。

掃除の達人のお宅に比べたら、
まだ物が多いと思いますが、
昔の自分に比べたら、
少し自分なりの方法論も確立でき、
前よりは、だいぶ進歩しています。

その方法論のひとつは、まず
「とても小さな範囲だけ、片付けをする」
ということ。

ごちゃごちゃした部屋を見渡すと、
「いったいどこから」と途方にくれますが、
「この引き出しの、ひとつだけやろう」とか、
「台所の、この左上の収納部分だけ、やろう」
とか思うと、まだ勇気が出ます。

それとセットになってる方法論は、
「やみくもに、その中を全部出して空にする」
ということ。

私のような人にとっては、
「そのスペースから、いらないものを上手にまびく」
のは、高度な作業でした。

いっぽう、いったん全部出して、
その中をきれいに拭いてみると、
それだけで、そのきれいさに目を奪われ、
感動が生まれます。

そうなると誰しもその場所に、
再びたくさんは詰め込みたくなくなるものです。


そこで、その空間をキープする使命に燃えつつ、
ちょっと厳しい目になって、
「これは何年使ってないのか」、
「この先、これの出番があるのか」とか、
考えながら、なるべくごっそり捨てるほうに回します。

その際、「ストック的なものは
適量より、べらぼうに少なく持つ」ことも大事。
冷凍庫の保冷剤、割り箸、入れ物、タオルなどなど。
これを前に使ったのは、
どのくらいだったか、使用頻度を振り返り、
「割り箸は掃除の時に、1本あればいい」
とか結論づけます。


私は近年、ホテルの備品なども全然使わないと気づき、
ごちゃつく物を増やさないために、
何ひとつもらってこないようにしてます。

紙袋なんかもよく考えたら、
人に何かあげる機会など、そこまでないので、
多くても10枚くらいあれば、事足りるとわかりました。
なので、「あ、多すぎる」と気づいたら、
いらなそうな紙袋から処分。
そうならないために、なるべくもらわないようにもして。


そうやってひとつの小さな空間が
美しく完成したら、自分を誇りに思えます。
そしたら、もうしめたもので、
「この隣の棚も、ちょっとやっちゃおうかな」
と続けたくなること間違いなし。

でも時間がなくて、延長できなくても、
「私って、あの短い時間に、さっと掃除ができた」
ということが自信になり、
また「ちょっとの時間に、ここだけ」
とやる習慣の芽にもなります。

上級者さんには、当たり前以下の話だと思いますが。
私の、今のところの、いちばん強い方法論でした。











第12回「乾物」






突然ですが、乾物、使っていますか。
ストックしてあるのはわかってるけど、
なんとなく日々、ちゃっちゃと使えてない、
というのが、うちの現状でした。
そうやって賞味期限が長い乾物が、
棚の中で期限切れになってたのを
発見すると、すごく自己嫌悪に。

でも、けっこう前から、うっすらと
そういうのは、
「やみくもに戻してしまえばいいんではないか」
と思ってて、 この間実行してみました。

しかも「午前中に、もう戻してしまう」
ってことを思いつきました。
(働いてる方は、休日の午前中とか)
そうすると、もうまったなしで、
調理して何かにしてしまわないといけません。


この間は、袋に半分残ってた
高野豆腐をお湯につけてみました。
(使ってしまえば、ごちゃついた
ストックスペースが、少しあくのも魅力)

それから別の用事をしてて、
忘れた頃に台所に戻ってくると、すっかり戻ってます。

うちでは、昆布しいたけ出汁はいつもとってるので、
そこに、みりん、塩、醤油を足し、
ささっと煮たら、もうほっときます。
高野豆腐なんて、長く煮て柔らかくする、
というよりは、 おいしい煮汁を吸わせて、
染み込ませるという感じですからね。


夕方気がついたら、また少し煮て、
味を染み込ませたりして。
そしたら、もうおかずができてます。

夕方から、何か乾物を戻して調理しよう、
なんて思うと、もう時間が足りないし、
また今度でいいか、と延々なりかねないのが、
朝やってしまっておくと、
食材としての応用範囲が広がるようです。
戻した段階で、ネットを見て、
簡単な調理法を探してもいいですよね。


この成功に気をよくし、
今度は大豆を前夜、水に浸けておきました。
何にしよう、ということは、いっさい頭にないまま。
そして翌日、ただ固めに茹でただけの
大豆をつまんだら、
いい大豆だったせいか、まあおいしいこと。
つまみ食いが止まらないほど。
子供から大人、小腹がすいた時の
女性のおやつにも使えそうです。

夕飯には、ただ塩コショウをひいて、
箸休めみたいにしたら、それもよし。
残りは酢醤油に浸しておいたら、
次の日から、しばらく常備菜に重宝。
大豆の煮汁は、うっすら甘くおいしかったので、
鍋用の出汁に加えたら、それもよし。

これからも「乾物をやみくもに戻す」
って、やってみようと思ってます。
戻しすぎて、何も料理が思いつかなかったら、
その状態で冷凍もできるかと。
そのほうが、また調理にさっと使えますからね。

 









第11回「目標」








皆さん、今年の目標ってたてましたか?
私は、とりたてて毎年つくってませんでしたが、
ついさっき考えてみました。

「運動と掃除」なんて、どうかなと。
もうされている方にとっては、
当たり前のような話ですが。
ふたつとも、そのよさを知っているので、
もうちょっとやりたい、というもの。

去年は朝、歯を磨いた後、
ほんの3分くらいですが、体を動かしてました。
寒くても窓を開け(すがすがしさに重要)、
ヨガのポーズを3つ、4つ。
「ロングブレス」も正式じゃないかもしれないけど、
1セット(12呼吸くらいかな)。

これだけでも終わると、
体に何か巡るものを感じたり、
さっぱり明るく、前向きな気持ちにもなれ、
ほんとにいい感じがします。
バタバタして忘れてる時もありますが、それは気にせず。



掃除は年々、以前の自分よりは
よくなってて、使ったところをすぐ拭いたり、
ほこりを目にしたら、そこだけでも、さっと取るとか、
掃除機はなんとか、ほぼ毎日かけるくらいにはなりました。

(冬は特にほこりが目立つので。
ダンナが掃除機をかけてくれる時も)

が、もっときれいな友人の家に行くと、
「はー、うちなんか全然だわ」と思ってしまいます。

そのすがすがしい友人の家は、
拭き掃除が行き届いている印象です。
聞くと、台所の床だけは、毎日拭いて寝るのだそうです。

それで衝撃を受け、
台所の床だけでも時々拭こう! と水拭きしてみると、
ほんとうにすがすがしく、
その場所が輝いているように見えます。
何か、こちらに美しさを
訴えてくるような雰囲気さえあります。

でもこれも、たまにしかできてないので、
自分の意識の中にもっと植えつけたい、
と目標にしてみました。

そして今、ネットを見てたら、偶然
拭き掃除はけっこうカロリーを使う運動、
という記事を見ました。
(ですよね…。知ってます…)

腰を落として何かするのはキツいので、
逆に考えると足腰の鍛錬にもなります。
わざわざウォーキングに行ったりしなくても、
拭き掃除すれば、一石二鳥。

それでも、なかなかできないのは、
「あー、大変だ」と思うから。

ならば、「一日1カ所、ものすごく小さい範囲だけ拭く」
という方式ならどうだろう、と今思っています。

ダメかもしれませんが、
ひとつ考えてみただけでも、よしとしましょう。
習慣になっていくためには、
思いつきや、三日坊主、試行錯誤も大事です。











第10回「にんじん」




友達のツイッターを見てた時のこと。
「本日のにんじん」という文とともに
あった写真を開けてみたら、
パソコンのそばに、お皿に乗ったお菓子が
あるだけで、にんじんはなかったのでした。

「ん、この一緒に写ってる手帳が
にんじん色だから…?」とか、
ちょっと考えてたのですが、
「あー!、にんじんって、
馬の鼻先に吊るす『ごほうび』のことか〜!」
とやっとわかりました。

「にんじんねえ、うまいこと言うなあ…」
とのんびり思ってましたが、
ちょうど先週、にんじんの重要さを
改めて思うことがありました。


実はここ何ヶ月か、
来年出る本の追い込みをしてて(以前の話です)、
特に先月は、けっこうずーっと
家にこもりきりで作業する日も多くて。

パソコンの前で、昼は卵かけ玄米ごはんを
食べながら、文字を見続けたことも。
目が疲れて、しょぼしょぼしてきたり、
体にもじわじわ疲れがたまってきて、
はあーーーーっという気持ちになっていました。

そのちょっと前に友達とごはんを食べた時に、
「カラオケ行きたいね〜」と、
誰ともなく、なんとなく言ったことから、
だんだん私へのメールでも
「山を超えたら、カラオケが待ってるよ〜!」とか、
その話題になってて、
だんだん楽しみな気持ちが増えてました。


それをいつにするかは、
特に仕事が詰まってる私次第となったのですが、
全部終わって1月にするか、12月にするか考えてて、
「でも…、やっぱり、
もうそろそろ気分転換したい!」と思って、
12月で決行することにし、日時を決めてしまいました。

そこから、「よしっ、じゃあその分
間に合わせるように、ガンガンやるぞ!」
と仕事をしたら、
びっくりするほど楽しい気持ちでできて、
いうならば、ノリノリでできて、
けっこうかかると思ってた量のものが、
締め切りよりだいぶ早く提出できたのでした。
自分でも、その気分の変貌に驚くほど。


だから、何かをしないといけない時、
自分の目の前ににんじんをぶらさげるのは、
とても有効なんだなあと思いました。

「これやり終えたら、○○するんだあ」
と思ってる時の気持ちって、
ほんとにウキウキしてて、
つらくなってたかもしれない時間まで、
一気に楽しい時間にしてくれる可能性があるのです。

ノって、楽しくやるって、大事ですね。
そのための、にんじん。ぶらさげてみませんか。











第9回「ひなた」








この間、リビングから和室のほうへ入った時、
何か、かすかにいい匂いがするなと思って、
探したら、
かもいにかけてあった、
昼間干したシャツの、おひさまの匂いでした。
こんなシャツ数枚くらいでも、
いい匂いを、そこはかとなく
広げてるのかと思うと、嬉しくなりました。

タオルやシーツを干した時も、
そんなおひさまの匂いがたっぷりして、
顔をうずめて、んーっと吸い込む時も。
「ああー、いい匂い」と脳内で。
いつもこれ、
何かのセラピーに使えそうな香りだなと思います。

やはり乾燥機ではこうはならなくて、
柔軟剤や、他の何かを駆使しても、
このささやかな匂いはつくりだせないでしょう。
とてもゆたかで、あたたかい香り。
そう思うと、太陽の光って、恵みだなと思います。

同じように、人間も太陽の光にあたると、
気持ちが晴れる気がします。

夏はもちろん、強い紫外線を
あびないようにしたほうがいいですが、
秋から冬、そして春までは、
まあ、そこまで紫外線に神経質にならずとも、
家の中でも、時々日の当たるところで何か作業すると、
ほのぼの、いい時間になるような気がしました。


少し前に和室で洗濯物をたたんでいた時も、
最初は光が直接当たらない、たんすの前でやってたのですが、
ふと、窓辺に光がさしていることに気がつき、
そっちに移動してたたんだら、
わー、こっちのほうが、全然あったかい、と。

そして不思議と洗濯物をたたむのも、
ゆったり、おだやかな気持ちでできました。
わずか何メートルか、移動しただけなんですけど。

もしも家の中では、ひなたに入るのが難しかったら、
あたたかい日にベランダに出て、少しぼーっとしてみたり、
ちょこっとだけでも散歩に出たりすると、
気持ちが洗濯物のように、
ふっくら、よみがえるような気がします。

曇りや雨の日は、なんだか気持ちが沈む、というのも、
この光との関係があるのではないですかね。
以前、うちのマンションの外壁を修繕する時、2カ月くらい、
ネットが貼られて薄暗かったら、
気持ちも思いのほか暗くなった覚えがあるので。

ひなたの恵み。
時々じんわり受けとって、やすらぎましょう。












第8回「思い出」





どんな人にも、つらい思い出と、幸せな思い出がありますよね。

幸せなほうって、どんな日でしたか?

子供の頃、どこかへ出かけたこととか、
何かほめられたこととか、
やりたい仕事が叶ったとか、
好きだと思える人に会えたとか、
大きな何かを乗り越えたとか。

つらいほうの思い出が、
一緒に出てこないといいですけど…。

 

忘れているような瞬間を詳しく思い出してみると、
ふっと、今の自分から気持ちが離れて、
しばし、遠くに行けるような気がします。
脳内で旅をしているような。

もう今は、天国に行った母のこと。
幸せなほうを、ちょっとだけ、思い出してみました。

小学生だった頃の家は、
けっこう田舎だったので、敷地に大きな木があって、
その木陰に私がゴザをひいて、宿題したり、昼寝をしていたら、
コップにカルピスを入れて、持ってきてくれたこととか。

母と姉弟とで落ち葉を集めて、焼き芋をつくって食べたこととか。

運動会に持ってきてくれた重箱のお弁当の様子とか。

とてもちいさなこと。

そんなことも、思い出になるのですね。

これから生きていって、
思い出がどれくらい増えるのだろうなあと思います。



そう思うと、たった今の、ごちゃごちゃした日常も、
十年、二十年とたってみると、
そういう思い出のひとつになっているのでしょう。
愛しいことです。

だから、イライラしてたり、悲しんでばかりいないで、
今を、いい時間にしていきましょう。

大事にできる人を、今すぐ、大事にしましょう。

(これを書いた夜、母が夢に出てきてくれました。
私の弟と3人で船旅をしてました。
そんな思い出は、ないのですけどね)















第7回「できた!」






私はよく仕事をしてる時、区切りのいいところまでできたら、
小さくですが、
「よっし、できたー!」と口に出していて、
それがすごく嬉しいことに、この間、気がつきました。

言っても言わなくても、成果に変わりはなくて、
同じような気がしますが、
なんでしょうね、絶対に違っていて、すごく嬉しいのです。

自分の成果を、すぐにほめている、ということなのかな。
小さくても、感動が生まれているようです。

また時間の区切りもスパッとついて、すごくいい感じです。


なので、際限のない家事に対しても、
このことは使えるんじゃないかと思って。

掃除や、洗濯や、料理が終わった時に、
声に出して(大きな声じゃなくていいですよ…)
「はい、できた!」とか、
「よし、掃除終了!」とか、
「準備終わり〜!」とか、言ってみたら、どうでしょう。

「こんなに速くできるなんて、私って天才…」
「すごく上手だなあ、私」
「早起きしてがんばってるよねえ、毎日」
なんていうことを、頭の中でつけ加えながら。


誰かにほめられることは、もちろん嬉しいですけど、
自分がほんとうにがんばったことを、
隅々まで詳しく知っているのは、自分だけ。

忙しい毎日の中で、
自分をきちんとほめたり、認めたりすることは忘れていても、
日々、こういうかけ声だけでも、
ちょこっとほめることはできます。


それをやっていたら、
死ぬまでに、
たくさん自分をほめることができるなあ、と思います。

その分だけ、きっと幸せは増えているのではないかな。

軽く、小さく、たくさん、ほめていきましょう。











第6回「心地いいもの」








最近思ったことです。

「心地いいものには、さからえない」ということ。

体の感覚として、気持ちがいいものって、
絶対に「あー、気持ちいいなあ」と思ってしまうということ。

肌触りがふわふわしてるとか、
食べておいしいとか、
吸い込んでいい香り、ゆったりいい音楽、
素晴らしい景色などまで。
当たり前な話ではあるんですが。

そういう五感が心地いいことって、
心にもすごく作用すると思います。
体の中で幸せなホルモンとか、
物質とか、つくられるはずですし、
ひいてはストレスを少なくするのにも、
一役買うと思います。

でも日常で「心地よさ」は、
そこまで重要視されてないようにも思いました。

それは、心地いいものに気づいてない、
というのもあると思います。

一例として、私はオーガニックコットンのよさを、
ようやく実感してきました。
今までは、ちょっと高いし…、
そこまでじゃなくても、と思ってましたが、
レギンスなど、家にいくつかあると、
ついオーガニックや、
心地いいコットンのほうばかりを選んでる自分がいます。

はくたびに、気持ちがいいからです。
そんなに毎回、気持ちいい〜と思うなら、
この値段は高くないのかもと。
しかもいい状態で、長持ちするものも多いです。

そんな心地よさは、
お手軽なオーガニックコットンのTシャツ(無印良品)
くらいでも、感じられました。
この夏、いろんなTシャツの中から、
いつもそれに手が伸びてることに気づいて。
何でも、本能的に心地いいほうを
選んでしまうんだなあと再認識。
また毎回手に取る時、その肌触りに、
ふっと、やさしい気持ちになっていました。


なので、奮発になるかもしれませんが、
適当な安い服を買うのとか
2、3枚やめてみたりして(物も増えませんよ…)、
その分で気持ちいい繊維の服を買って、
たとえ、そればかり着てると思われても、
そういうのを着てる人のほうが素敵だし、
本人の心地よさが違うと思います。

タオルなんかも心地よいものを買うと、
使うたびに気持ちいいです。
(最近、ガーゼが重ねられたり、
片面に使われてるタオルも肌触りが好きです)

その差額って、よく考えると数百円くらいだったり。
何か食べ物をひとつ買わないくらいの金額で、
長いこと、いい時間が続きます。

身の周りで、何かひとつ変えてみて、
気持ちの変化を見てみてはどうでしょう。


 




 



第5回「1分」









どんなに忙しい方も、子育てでたいへんな方も、
一日に1分、だったら、
自分の時間を持てそうでしょうか?

「そりゃ、1分くらいだったら」という方、
その自分が使える時間で、何をしますか?

逆に私は、
自分の自由になる時間がたくさんある身なので、
少し考えてみましたが、
まず思いついた「呼吸」をしてみることに。
テレビなど音の出るものを消して、
目を閉じ、ゆったり椅子に座って、
息を深く吸ったり、吐いたりしてみました。

たった1分なのに、
静かだと、とても豊かな気分でした。
目を閉じるというのも非常によく、
ちょっとですが、目も休まるようです。

香りが好きな方だったら、
それに包まれて、というのもいいですよね。
他には、ただ空をベランダから眺めるとか。
頭のマッサージをしてみたり。

時間は全然正確でなくていいんですが、
「1分」という区切りを意識して、
それが自分のものだと思うと、
なんだか、少しだけ
贅沢に感じられるような気がしました。


どうしてなんだろう、と考えると、
たぶん人のため、仕事のため、
やらなきゃいけないことのために、
時間を使ってばかりだと、
ちょっと自分がかわいそうというか、
気持ちがすりきれてきて
しまうんではないでしょうか。

だから、ただ自分のために、
自分を「おもてなし」する時間が、必要なのでは。

毎日毎日、実際次々にやることもあり、
なかなか難しいとは思うのですが、
一日のすきまに、こうして1分でも入れ込んだら、
少しは気分が変わるのかもしれません。

1分が、もし3分にできるなら、
おいしいお茶を入れて、ぼーっと味わう、
なんてことをしてもいいのかも。
自分の趣味の時間に使えたら、そうしてもいいし。
ついネットやテレビを見てたら、
その3分って風のように消えていってしまいます。

「さあ、私のための時間」と
一瞬思うことだけでも、なんだかワクワクします。
もしかすると、それをやったかどうかより、
「私は今日、私を大切にした」
という姿勢だけでも、嬉しいのかも。

日々、時間を区切り、意識して確保するのって、
とても有効なことのようです。
できる方は、もうすっかりそうしていらっしゃるんだな。
私も、もっと上手になりたいけど、
とりあえず1分休んだりしてみます。







 






第4回「ありがとう」








「ありがとう」って、言ってますか?
もちろん言ってますよね。
でも日常的に、今より
もうちょっと、言うこともできるかもしれません。

運気的には、「ありがとう」とたくさん言ってると、
もっとさらに「ありがとう」って
言いたくなる状況が引き寄せられてくる
とも言われています。

それはほんとじゃないかと思っていて、
それもいいことだし、
なんでしょう、
なぜか「ありがとう」って言ってる自分も、
ちょっと気持ちがいい、嬉しい、
みたいなことがあって不思議です。


どうしてそうなんだろうと思うと、
ちょっと例が飛んでしまいますが、
結婚式で親への感謝の手紙を読み上げると、
伝える自分が感動してしまう、
なんていう図式と似ているのかも、と思います。

「感謝を伝える」って、
伝えるほうも、嬉しくなるのでしょう。

家の中でも、
小さいことから大きいことまで、
家族に「ありがとう」は、自分の気持ちがよくなります。


「靴揃えてくれたね。ありがとう」、
「お行儀よく食べてくれたね。ありがとう」、
「疲れてるのに、ありがとう」、
「毎晩遅くまで働いてくれて、ありがとう」などなど。

相手もきっと嬉しい気持ちになると思いますし、
注意するより、
やってくれた時、お礼を言うほうが、
深く届くんじゃないかと思って。

もし、あまり「ありがとう」が
得意じゃなかったら、
「醤油とってくれる?」「はい」「ありがと」
みたいなことから、始めてもいいのかも。

「ありがとう」って、
「私はあなたに感謝しているよ」ということを、
おおげさでなく、すぐに伝えられる、
いい言葉だなと思います。

言わなくてもわかる、のかもしれませんが、
言うと、すごくわかって感動します。

そして「ありがとう」が生まれると、
その場の空気が、
ふわっとあたたかくなるように思うのは、
気のせいでしょうか。













第3回「せのび」







せのびって、していますか?
試しに今、どうですか。

手を組むか、
どちらかの手首をもう一方の手で持って、ぐーんと上に。
座ったままでもいいですが、
立ち上がって、ぐーんとのびると、もっと気持ちいいです。

終わった後、はああああっと息がもれますよね。
ほんの何秒かで、すごくリフレッシュしていると思います。
肩甲骨や背中のあたりも、すごくのびます。

生活の中で、前屈みになることは限りなく多くても、
体を後ろにそらしたり、
胸を開くような動作って、あまりしないと思います。

今、スマートフォンの普及で、
電車でもこの前屈み姿勢を常に見かけますが、
その姿勢を続けることは、肩や目によくないと、
みんなわかっていながら、使っているのですよね。
(「ストレートネック」というものの一因とも)

もちろん私もスマホはよく使いますが、
家で、顔のほぼ正面にある
デスクトップパソコンを使うほうがまだラクで、
スマホに対して、
首を下に向け、斜め下の小さい字を見続けると、
より目や肩が疲れるのを感じます。
(できる場合は、首が下に向かないよう、
なるべく顔の正面に近いところまで、持ってきます)


もちろん今の時代、
それらを使わないわけにはいかないですが、
自分が自分で、肩のあたりを固めてしまっているのだ、
という自覚を持ちながら、
時々せのびをしながら、
からだをそらせてあげるのは、どうでしょう。

とにかく単純な動きで、
これだけ気持ちがいいというのは、
すごいなあと思うのです。

私もパソコンしながら、
画面を眺めて手があいてる時や、
休憩時に時々、立った姿勢でテレビを見つつやって、
リフレッシュしてます。

家事が一段落した時や、
会社の方はトイレでも一瞬でできます。
体がどんよりしてる時も、
なんだか気持ちがスッキリすると思います。


あと昔読んだ本に書いてあった動作なのですが、
寝つけない時に布団の上で寝たまま、
同じようにぐーっとのびて、ほっとゆるめる、
というのを何回かやると、
体がゆるんで寝られることもありました。
一度体をぐーっと緊張させると、
次に自動的にほっとゆるむのだと思います。

また、のばした腕を体の背後に回し、
指をお祈りするように組んで、
体をぐーんとそらせるのも、同じように気持ちいいですよ。
肩甲骨にも効く感じ。これも家でよくやります。

ジムに行ったり、ヨガなどを習う時間がとれなくとも、
ちょっとした動きで日々、
自分の体をいたわってあげることはできると思います。














第2回「はなうた」









はなうた、なんて、歌っていますか?
私は最近、ほんの時たま、そうしています。

元々歌を歌うのは好きみたいで、
若い時はカラオケに友達ふたりで行って5時間、
なんてこともありました。
今は、世の新しい歌に全然追いついてませんが、
ベタな日本の歌で、いい歌だなと思うと、
iPodに入れて覚えてみたり。

この頃は、友達と
カラオケに行く機会もほとんどなくなったので、
いつかぜひ「ひとりカラオケ」にも
挑戦してみたいんですが、
そういえば家の中でも、
ちょいちょい歌ったらいいんじゃないかと思って。

前からよくやっているのは、室内で洗濯物を干す時に、
iPodと小型スピーカーを持ってきて、
歌をかけながら干すこと。
(私はすべて、室内でハンガーなどに
吊るしてから、外に出す方式です)
そうすると洗濯の義務感がなぜか減って、
個人的な楽しい時間になるのですが、
そこで一緒に小声で歌うのも、
発散できるのでよくやってます。

でも歌がかかってなくたって、
ふらりと歌ったりするのも、いいんじゃないかと思って。

きっかけのひとつは、「サワコの朝」という番組でした。
ここでは、ゲストのおすすめ曲を
2曲かけるのですが、それがわりと楽しみで、
ある日、知ってる曲のサビを、
台所に食器を下げつつ、歌ったりしたら、
なんだか気分がよくて。はっとしました。

それからお風呂の中とか、誰もいない場所で、
ほんのワンフレーズ、
何かの歌を口ずさむと、新鮮な気分になりました。

ちゃんと歌うのじゃなく、
「フフフーン」という歌詞がないものや、
口笛もどきのほうがハードルが低く、すぐできます。
歌がヘタとか、音程がどうとか、
たぶん全然関係ありません。
だって、誰も聞いてないのですからね!
(聞いててもかまわないですが)

そして、どうしてこんなことで、
ちょっと気分がよくなるのかと考えてみたところ、
はなうたって、たぶん気分がいい時に
出ちゃうものなんだと思います。
それを形から入って、先に歌ってしまうと、
気分がいいほうに
引っ張っていってもらえるのかな、と思う次第。

昔好きだった歌でも、
ドラマの主題歌でもいいし、外国の歌でも。
(10代に大好きだった「太陽にほえろ!」の
テーマ曲なんかもよかったです!)
楽しい歌のほうがおすすめですが、せつない曲でも。
ほんの10秒くらいで、新しい空気、新しい気分が現れます。













第1回「さする」






「さする」という動作を、最近しましたか?
お子さんがいらっしゃる方は、
たくさんあるのかもしれませんね。
自分の体に対しては、どうでしょうか?
私は、全然していませんでした。

私が「さする」ということを大きく意識したのは、
ずっと以前に受けた「ゆる体操」のレッスンの中でした。
(「ゆる体操」については、
いろいろ本があるので、見てみてください)
10回程の講座で、
体をゆるめる、いろんな体操を習いました。

その中のひとつに、生徒同士がペアになって、
椅子に掛けた人の背中を、
丸く円を描くようにさする動作がありました。
「ゆる体操」では、口に出して言うのが特徴なので、
「気持ちよく、気持ちよく」
と口で言いながら、さするのですが、
これが衝撃的に気持ちがよくて、私は本当に驚きました。

知らない人に、ただ背中を
さすってもらっているだけなのに、
ふわーっと、ただただ気持ちがよく、やすらぐのです。
そして今思うと、何か
「肯定されている」ような感覚があったかもしれません。
やさしく包まれ、
認められているような、不思議な時間でした。



もうひとつ、最近「さする」を意識したのは、
友達に習っているヨガ教室の中です。
畳に座って、前に伸ばした足全体や、
膝周りをゆっくりさすった時、
やっぱりやさしく、あたたかな気持ちになりました。


またこの間、大掃除をした日、
寝る前にハンドクリームをつけ、
なんとはなしに、手をさすってみたら、
同じようにやすらぎが感じられ、
しばらくやってると、
ちょっと手がつるつるもしてきました。

それで、これから思い出した時は、自分に対して、
ほんの1分でもいいから、さすってみようと思いました。
肩や、膝、腰なんかも。
できれば、心の中で「ありがとう」と言いながら。

「もむ」のも、もちろんいいと思うのですが、
「さする」のやさしさは、
なんだか違うものだと思うのです。
それは、がんばった自分をやさしく包み込み、
肯定する動きなのでしょう。


もちろん家族の間でも、
「ごくろうさま」なんて言いながら、
ちょっと肩なんかさすってあげたら、
それは、何よりの時間になると思います。
お子さんに「よくやったね」と言いながら、
ほめる時なんかも。

人間の手って、とても嬉しい、
あたたかい動きができるものなんだと、
改めて感じたことでした。

 





  kotoba  home