ちいさなこと

日々は、実際のところ、
ちいさな瞬間の、積み重ねでできています。
そのちいさなことのひとつを、
ちょっとかえてみたら、
気分って、かわるものかもしれません。

あなたや私が、少しでもラクになったり、
はっとしたり、笑顔になれるように。
ちいさなことを、やってみました。













第6回「心地いいもの」








最近思ったことです。

「心地いいものには、さからえない」ということ。

体の感覚として、気持ちがいいものって、
絶対に「あー、気持ちいいなあ」と思ってしまうということ。

肌触りがふわふわしてるとか、
食べておいしいとか、
吸い込んでいい香り、ゆったりいい音楽、
素晴らしい景色などまで。
当たり前な話ではあるんですが。

そういう五感が心地いいことって、
心にもすごく作用すると思います。
体の中で幸せなホルモンとか、
物質とか、つくられるはずですし、
ひいてはストレスを少なくするのにも、
一役買うと思います。

でも日常で「心地よさ」は、
そこまで重要視されてないようにも思いました。

それは、心地いいものに気づいてない、
というのもあると思います。

一例として、私はオーガニックコットンのよさを、
ようやく実感してきました。
今までは、ちょっと高いし…、
そこまでじゃなくても、と思ってましたが、
レギンスなど、家にいくつかあると、
ついオーガニックや、
心地いいコットンのほうばかりを選んでる自分がいます。

はくたびに、気持ちがいいからです。
そんなに毎回、気持ちいい〜と思うなら、
この値段は高くないのかもと。
しかもいい状態で、長持ちするものも多いです。

そんな心地よさは、
お手軽なオーガニックコットンのTシャツ(無印良品)
くらいでも、感じられました。
この夏、いろんなTシャツの中から、
いつもそれに手が伸びてることに気づいて。
何でも、本能的に心地いいほうを
選んでしまうんだなあと再認識。
また毎回手に取る時、その肌触りに、
ふっと、やさしい気持ちになっていました。


なので、奮発になるかもしれませんが、
適当な安い服を買うのとか
2、3枚やめてみたりして(物も増えませんよ…)、
その分で気持ちいい繊維の服を買って、
たとえ、そればかり着てると思われても、
そういうのを着てる人のほうが素敵だし、
本人の心地よさが違うと思います。

タオルなんかも心地よいものを買うと、
使うたびに気持ちいいです。
(最近、ガーゼが重ねられたり、
片面に使われてるタオルも肌触りが好きです)

その差額って、よく考えると数百円くらいだったり。
何か食べ物をひとつ買わないくらいの金額で、
長いこと、いい時間が続きます。

身の周りで、何かひとつ変えてみて、
気持ちの変化を見てみてはどうでしょう。


 






第5回「1分」









どんなに忙しい方も、子育てでたいへんな方も、
一日に1分、だったら、
自分の時間を持てそうでしょうか?

「そりゃ、1分くらいだったら」という方、
その自分が使える時間で、何をしますか?

逆に私は、
自分の自由になる時間がたくさんある身なので、
少し考えてみましたが、
まず思いついた「呼吸」をしてみることに。
テレビなど音の出るものを消して、
目を閉じ、ゆったり椅子に座って、
息を深く吸ったり、吐いたりしてみました。

たった1分なのに、
静かだと、とても豊かな気分でした。
目を閉じるというのも非常によく、
ちょっとですが、目も休まるようです。

香りが好きな方だったら、
それに包まれて、というのもいいですよね。
他には、ただ空をベランダから眺めるとか。
頭のマッサージをしてみたり。

時間は全然正確でなくていいんですが、
「1分」という区切りを意識して、
それが自分のものだと思うと、
なんだか、少しだけ
贅沢に感じられるような気がしました。


どうしてなんだろう、と考えると、
たぶん人のため、仕事のため、
やらなきゃいけないことのために、
時間を使ってばかりだと、
ちょっと自分がかわいそうというか、
気持ちがすりきれてきて
しまうんではないでしょうか。

だから、ただ自分のために、
自分を「おもてなし」する時間が、必要なのでは。

毎日毎日、実際次々にやることもあり、
なかなか難しいとは思うのですが、
一日のすきまに、こうして1分でも入れ込んだら、
少しは気分が変わるのかもしれません。

1分が、もし3分にできるなら、
おいしいお茶を入れて、ぼーっと味わう、
なんてことをしてもいいのかも。
自分の趣味の時間に使えたら、そうしてもいいし。
ついネットやテレビを見てたら、
その3分って風のように消えていってしまいます。

「さあ、私のための時間」と
一瞬思うことだけでも、なんだかワクワクします。
もしかすると、それをやったかどうかより、
「私は今日、私を大切にした」
という姿勢だけでも、嬉しいのかも。

日々、時間を区切り、意識して確保するのって、
とても有効なことのようです。
できる方は、もうすっかりそうしていらっしゃるんだな。
私も、もっと上手になりたいけど、
とりあえず1分休んだりしてみます。












第4回「ありがとう」








「ありがとう」って、言ってますか?
もちろん言ってますよね。
でも日常的に、今より
もうちょっと、言うこともできるかもしれません。

運気的には、「ありがとう」とたくさん言ってると、
もっとさらに「ありがとう」って
言いたくなる状況が引き寄せられてくる
とも言われています。

それはほんとじゃないかと思っていて、
それもいいことだし、
なんでしょう、
なぜか「ありがとう」って言ってる自分も、
ちょっと気持ちがいい、嬉しい、
みたいなことがあって不思議です。


どうしてそうなんだろうと思うと、
ちょっと例が飛んでしまいますが、
結婚式で親への感謝の手紙を読み上げると、
伝える自分が感動してしまう、
なんていう図式と似ているのかも、と思います。

「感謝を伝える」って、
伝えるほうも、嬉しくなるのでしょう。

家の中でも、
小さいことから大きいことまで、
家族に「ありがとう」は、自分の気持ちがよくなります。


「靴揃えてくれたね。ありがとう」、
「お行儀よく食べてくれたね。ありがとう」、
「疲れてるのに、ありがとう」、
「毎晩遅くまで働いてくれて、ありがとう」などなど。

相手もきっと嬉しい気持ちになると思いますし、
注意するより、
やってくれた時、お礼を言うほうが、
深く届くんじゃないかと思って。

もし、あまり「ありがとう」が
得意じゃなかったら、
「醤油とってくれる?」「はい」「ありがと」
みたいなことから、始めてもいいのかも。

「ありがとう」って、
「私はあなたに感謝しているよ」ということを、
おおげさでなく、すぐに伝えられる、
いい言葉だなと思います。

言わなくてもわかる、のかもしれませんが、
言うと、すごくわかって感動します。

そして「ありがとう」が生まれると、
その場の空気が、
ふわっとあたたかくなるように思うのは、
気のせいでしょうか。













第3回「せのび」







せのびって、していますか?
試しに今、どうですか。

手を組むか、
どちらかの手首をもう一方の手で持って、ぐーんと上に。
座ったままでもいいですが、
立ち上がって、ぐーんとのびると、もっと気持ちいいです。

終わった後、はああああっと息がもれますよね。
ほんの何秒かで、すごくリフレッシュしていると思います。
肩甲骨や背中のあたりも、すごくのびます。

生活の中で、前屈みになることは限りなく多くても、
体を後ろにそらしたり、
胸を開くような動作って、あまりしないと思います。

今、スマートフォンの普及で、
電車でもこの前屈み姿勢を常に見かけますが、
その姿勢を続けることは、肩や目によくないと、
みんなわかっていながら、使っているのですよね。
(「ストレートネック」というものの一因とも)

もちろん私もスマホはよく使いますが、
家で、顔のほぼ正面にある
デスクトップパソコンを使うほうがまだラクで、
スマホに対して、
首を下に向け、斜め下の小さい字を見続けると、
より目や肩が疲れるのを感じます。
(できる場合は、首が下に向かないよう、
なるべく顔の正面に近いところまで、持ってきます)


もちろん今の時代、
それらを使わないわけにはいかないですが、
自分が自分で、肩のあたりを固めてしまっているのだ、
という自覚を持ちながら、
時々せのびをしながら、
からだをそらせてあげるのは、どうでしょう。

とにかく単純な動きで、
これだけ気持ちがいいというのは、
すごいなあと思うのです。

私もパソコンしながら、
画面を眺めて手があいてる時や、
休憩時に時々、立った姿勢でテレビを見つつやって、
リフレッシュしてます。

家事が一段落した時や、
会社の方はトイレでも一瞬でできます。
体がどんよりしてる時も、
なんだか気持ちがスッキリすると思います。


あと昔読んだ本に書いてあった動作なのですが、
寝つけない時に布団の上で寝たまま、
同じようにぐーっとのびて、ほっとゆるめる、
というのを何回かやると、
体がゆるんで寝られることもありました。
一度体をぐーっと緊張させると、
次に自動的にほっとゆるむのだと思います。

また、のばした腕を体の背後に回し、
指をお祈りするように組んで、
体をぐーんとそらせるのも、同じように気持ちいいですよ。
肩甲骨にも効く感じ。これも家でよくやります。

ジムに行ったり、ヨガなどを習う時間がとれなくとも、
ちょっとした動きで日々、
自分の体をいたわってあげることはできると思います。














第2回「はなうた」









はなうた、なんて、歌っていますか?
私は最近、ほんの時たま、そうしています。

元々歌を歌うのは好きみたいで、
若い時はカラオケに友達ふたりで行って5時間、
なんてこともありました。
今は、世の新しい歌に全然追いついてませんが、
ベタな日本の歌で、いい歌だなと思うと、
iPodに入れて覚えてみたり。

この頃は、友達と
カラオケに行く機会もほとんどなくなったので、
いつかぜひ「ひとりカラオケ」にも
挑戦してみたいんですが、
そういえば家の中でも、
ちょいちょい歌ったらいいんじゃないかと思って。

前からよくやっているのは、室内で洗濯物を干す時に、
iPodと小型スピーカーを持ってきて、
歌をかけながら干すこと。
(私はすべて、室内でハンガーなどに
吊るしてから、外に出す方式です)
そうすると洗濯の義務感がなぜか減って、
個人的な楽しい時間になるのですが、
そこで一緒に小声で歌うのも、
発散できるのでよくやってます。

でも歌がかかってなくたって、
ふらりと歌ったりするのも、いいんじゃないかと思って。

きっかけのひとつは、「サワコの朝」という番組でした。
ここでは、ゲストのおすすめ曲を
2曲かけるのですが、それがわりと楽しみで、
ある日、知ってる曲のサビを、
台所に食器を下げつつ、歌ったりしたら、
なんだか気分がよくて。はっとしました。

それからお風呂の中とか、誰もいない場所で、
ほんのワンフレーズ、
何かの歌を口ずさむと、新鮮な気分になりました。

ちゃんと歌うのじゃなく、
「フフフーン」という歌詞がないものや、
口笛もどきのほうがハードルが低く、すぐできます。
歌がヘタとか、音程がどうとか、
たぶん全然関係ありません。
だって、誰も聞いてないのですからね!
(聞いててもかまわないですが)

そして、どうしてこんなことで、
ちょっと気分がよくなるのかと考えてみたところ、
はなうたって、たぶん気分がいい時に
出ちゃうものなんだと思います。
それを形から入って、先に歌ってしまうと、
気分がいいほうに
引っ張っていってもらえるのかな、と思う次第。

昔好きだった歌でも、
ドラマの主題歌でもいいし、外国の歌でも。
(10代に大好きだった「太陽にほえろ!」の
テーマ曲なんかもよかったです!)
楽しい歌のほうがおすすめですが、せつない曲でも。
ほんの10秒くらいで、新しい空気、新しい気分が現れます。













第1回「さする」






「さする」という動作を、最近しましたか?
お子さんがいらっしゃる方は、
たくさんあるのかもしれませんね。
自分の体に対しては、どうでしょうか?
私は、全然していませんでした。

私が「さする」ということを大きく意識したのは、
ずっと以前に受けた「ゆる体操」のレッスンの中でした。
(「ゆる体操」については、
いろいろ本があるので、見てみてください)
10回程の講座で、
体をゆるめる、いろんな体操を習いました。

その中のひとつに、生徒同士がペアになって、
椅子に掛けた人の背中を、
丸く円を描くようにさする動作がありました。
「ゆる体操」では、口に出して言うのが特徴なので、
「気持ちよく、気持ちよく」
と口で言いながら、さするのですが、
これが衝撃的に気持ちがよくて、私は本当に驚きました。

知らない人に、ただ背中を
さすってもらっているだけなのに、
ふわーっと、ただただ気持ちがよく、やすらぐのです。
そして今思うと、何か
「肯定されている」ような感覚があったかもしれません。
やさしく包まれ、
認められているような、不思議な時間でした。



もうひとつ、最近「さする」を意識したのは、
友達に習っているヨガ教室の中です。
畳に座って、前に伸ばした足全体や、
膝周りをゆっくりさすった時、
やっぱりやさしく、あたたかな気持ちになりました。


またこの間、大掃除をした日、
寝る前にハンドクリームをつけ、
なんとはなしに、手をさすってみたら、
同じようにやすらぎが感じられ、
しばらくやってると、
ちょっと手がつるつるもしてきました。

それで、これから思い出した時は、自分に対して、
ほんの1分でもいいから、さすってみようと思いました。
肩や、膝、腰なんかも。
できれば、心の中で「ありがとう」と言いながら。

「もむ」のも、もちろんいいと思うのですが、
「さする」のやさしさは、
なんだか違うものだと思うのです。
それは、がんばった自分をやさしく包み込み、
肯定する動きなのでしょう。


もちろん家族の間でも、
「ごくろうさま」なんて言いながら、
ちょっと肩なんかさすってあげたら、
それは、何よりの時間になると思います。
お子さんに「よくやったね」と言いながら、
ほめる時なんかも。

人間の手って、とても嬉しい、
あたたかい動きができるものなんだと、
改めて感じたことでした。

 





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